「路面電車の」不正乗車の罰が少なすぎる話。
諸外国では、トラム・路面電車を中心に運賃収受の方式として中心に信用乗車方式が導入されている。
信用乗車方式とは「公共交通機関を利用する際、乗客が乗車券を自己管理することで駅員や乗務員による運賃の収受や乗車券の改札を省略する方式」(wikipedia「信用乗車方式」より)であり、人件費の削減や、係員による改札がないため、すべての扉で乗降でき、乗降にかかる時間を短縮できるなど、多くのメリットがある。
しかし、日本の路面電車ではほとんど普及していない。
信用乗車方式の最大のデメリットである、不正乗車への対処が難しいからだ。
広島電鉄(広島市内を走る路面電車)では実験的に信用乗車方式を導入したが、不正乗車が多く発生し、対応に苦慮する事態となっている。
なぜ不正乗車が起こるのか。
この原因として、罰金の額が少ないことがよく挙げられる。
鉄道運輸規程第19条第1項
「有効ノ乗車券ヲ所持セズシテ乗車シ又ハ乗車券ノ検査ヲ拒ミ若ハ取集ノ際之ヲ渡サザル者ニ対シ鉄道ハ其ノ旅客ガ乗車シタル区間ニ対スル相当運賃及其ノ二倍以内ノ増運賃ヲ請求スルコトヲ得」
及び
軌道運輸規程第8条第2項
「無効ノ乗車券ヲ以テ乗車シ又ハ乗車券ノ検査ヲ拒ミ若ハ取集ノ際之ヲ渡サザル者ニ対シ軌道ハ相当運賃及其ノ二倍以内ノ増運賃ヲ請求スルコトヲ得」
のために、鉄道会社は最大で「正規運賃+増運賃(正規運賃の2倍まで)」つまり、正規運賃の3倍までしか運賃を収受できない。
欧米での罰金額が運賃の20~30倍であることを考えれば、非常に少ない。
よって、この差のせいで信用乗車方式が普及しない。
ここまでが、よく言われる話である。
しかし、本当にそうなのであろうか。
日本で不正乗車が発覚した場合に課されるこの増運賃は、あくまでもその鉄道会社と不正乗車者の間で行われる民事的な賠償行為である。
しかし、不正乗車は法令違反であるから刑事上の責任も問われることとなる。
鉄道営業法第29条第1項
「鉄道係員ノ許諾ヲ受ケスシテ左ノ所為ヲ為シタル者ハ五十円以下ノ罰金又ハ科料ニ処ス」
鉄道営業法第29条第1項第1号
「有効ノ乗車券ナクシテ乗車シタルトキ」
となっている。
よって、上記の民事の賠償に加え、刑事罰として罰金が課され、前科が付くのである。
(なお罰金額については罰金等臨時措置法により上限が二万円に引き上げられている)
金額的には決して大きい額ではないが、前科がつくことの社会的デメリットを考えれば、不正乗車の罰として適当ではないだろうか。
しかし、ここに大きな法の欠陥がある。
上記の法律は「鉄道営業法」であり、「鉄道法」に基づいて運行される「鉄道」にのみ適応される法律である。
つまり、「鉄道営業法」は「軌道法」に基づいて運行される路面電車には適応されない。
そして、「軌道」には「鉄道営業法」の対になる刑事罰を定めた法令が存在しない。
よって、不正乗車しても基本的に民事上の責任だけ負えばよいのである。
(例外あり、追記に記載)路面電車の運賃の3倍などたかが知れた額だからリスクが低すぎる…。
―――――――――――――――――――――――――――――
信用乗車方式は、正しく機能すれば、利用者にも会社にもメリットをもたらす素晴らしい制度である。
LRTなど、路面電車に対する見方が変わってきている今、国にはぜひとも「軌道」の法律の見直しをしてほしいところである。
―――――――――――――――――――――――――――――
【2020/06/25 19:30追記】「例外」について
ここでは軌道では「不正乗車しても基本的に民事上の責任だけ負えばよいのである。」とした。というのも、鉄道営業法のように「不正乗車」に焦点を置いた罰則規定を持つ法律が存在しないからである。
しかし近年、不正乗車の取り締まりにおいて
軽犯罪法第1条
左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。
軽犯罪法第1条第32号
入ることを禁じた場所又は他人の田畑に正当な理由がなくて入つた者
に、基づいて摘発された例がある。
(有効な乗車券を持たずに乗車=入ることを禁じられた場所に侵入、という解釈)
こちらは条文をみてもわかる通り、「鉄道」「軌道」の区別なく適応され得る。
そのため、「軌道」での不正乗車であっても、刑事罰を受ける可能性は十分にある。
(ただし刑の上限が罰金(2万円以下)から科料(1万円未満)と、軽くはなるが。)